愛育病院 入院生活2日目の夜

出産体験

こんにちは、めぐろっこです。

 

帝王切開のために2日目午後から母子同室がスタートしました。母子同室になる際に看護スタッフがアドバイスしてくれたのは赤ちゃんへの乳首の咥えさせ方と、乳首からクチを話す方法でした。授乳頻度については「特に時間は決まっていません。欲しがるだけ、あげてください」とのことで、授乳は授乳室でも個室でも良いとのことでした。

 

愛育病院では、授乳とオシッコとウンチの時間を紙に記録するように指導されました。筆記用具は渡されず、紙だけ渡されたので、入院するときの持ち物リストに筆記用具を入れておいてほしいなと思いました。筆記用具はふつう持ち歩いてるからってことでしょうか?逆に前開きパジャマなど不要なものが持ち物リストに記載されていたりしてチグハグな印象を受けます(出産レポ②参照)。

 

2日目夕方までは静かだった赤ちゃん。夕方から、震えるように泣き出しました。とりあえず教わった通りに授乳を試みてみます。出産前に微力ながら乳首マッサージをしてきたため、最初はそこまで痛いとは思いませんでした。

 

しかし、赤ちゃんは吸っても吸っても母乳が出てこないからか、怒ったように泣き声が大きくなっていきます。泣き止まない赤ちゃん。どうしたら良いのか途方にくれました。ひたすら授乳しているうちに夜が明けました。そして乳首もヒリヒリと痛み、パジャマが当たるのが怖いほどに敏感になってしまいました。

 

 

赤ちゃんを可愛いと思う余裕など全くなく、

 

自分には手に負えない

 

未知の生命体にしか思えませんでした。

 

 

なんだか赤ちゃんの泣き方が怒っているようで、まるで

 

 

「僕は本当は外に出てきたくなかったのに!!

 

だから陣痛だって起こさなかったんだぞ!!

 

無理やり外に引きずり出しやがってー!!」

 

 

と言われているようで、帝王切開で無理やり外界に出したことを申し訳なく思ってしまうのでした。

 

 

妊娠37週目くらいに他の人の出産レポを読んで出産に怯えてしまったこと、妊娠39週目の旦那さま不在時に過ごした実家生活にイライラしてストレスを感じてしまったこと、それらが赤ちゃんの気持ちに影響を及ぼしてしまって、帝王切開という結果になってしまったのではないか。わたしが悪いのではないか。可哀想なことをしてしまったのではないか。

 

泣き声を聴いていると、とにかく悲しい気持ちになってしまいます。そして一睡もできないため、睡眠不足でさらに気持ちが落ち込み、深い落とし穴に落ちたような気分になっていくのでした。

 

そしてまた、何の宣告もなく複数名のスタッフに取り押さえられて恐怖を覚えた出産時の光景が甦ってきて、脳内に記憶が焼き付いていくようでした。

 

1人で耐えるには辛かったため、夜間担当スタッフに「身体を休めたいから夜間に赤ちゃんを預かってもらえないか」と頼んでみました。すると…「基本は母子同室です。どうしてもと言うのならば預かりますが、泣き止まない場合にはお部屋に戻すことになります。授乳もあるので、預かるとしても最大3時間ですよ」と冷たい返事。

 

それでも預かってもらいましたが、最大3時間という時間制限もあってリラックスできず、また看護スタッフの目覚ましの音がジリリリリリリと耳に鳴り響いてきたこともあり、眠ることはできませんでした。結局、2時間程度で赤ちゃんを連れて戻ることになりました。

 

そうして迎えた朝。朝になっても泣き止むことはなく、30分毎の授乳が続きました。もう限界だ・・・と思って泣きながらナースコールで「赤ちゃんが泣き止まなくて限界なんです」と伝えました。夜とは別の担当スタッフが来てくれて「赤ちゃんは泣き止まなくても大丈夫ですよ」と励まされて、特に解決策は打診せずに去っていきました。もうどうしようもありません。

 

結局、日中も休めることはなく午後になりました。愛育病院では午後2時~午後8時の時間帯が来客可能となります。平日午後は実母が見舞いにきてくれて、夕方になると旦那さまが会いに来てくれました。この時間帯だけは穏やかで、(寝ることはできませんでしたが)気持ちを安らかにするために必要な時間でした。

 

そして3日の夜も2日目の夜と同様に、全く泣き止むことのない赤ちゃんとの時間に苦しむことになります。

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